地獄の黙示録

今度は午前休を取って映画を見てきた。古いのを1100円でリバイバル上映しているので、有名だけど見たことないのは積極的に見に行こうかなって。自宅でいつでも消せる環境だと見続ける気力が湧かないようなのも映画館で集中してなら見れる。

というわけで今週は「地獄の黙示録」やってたので見た。

戦場は地獄だわ〜。近代史は不勉強で疎いんだけど、「1969年」という時点が頻繁に出てきて、私が生まれるほんの少し前はまだこんなに戦場が近かったんだなって。舞台がベトナムだから、現地の人達の方に同じアジア人の身近さを感じる。こんな風に蹂躙されていたなんて悲しいし、ここまで圧倒的に装備が違うのに不屈で闘う魂に触れて勇気が出る気もする。

今でも、遠いけどシリア辺りでこんな感じなんだとしたら悲しいし、自衛隊南スーダン日報とか、戦闘って書いてあるのに戦闘ではないと扱うようなことを国内で議員さんが決めたりしていて、こういうような現場で仕事している人たちが聞いたとしたら、やってられないってなるだろうなと思った。

アメリカ軍側だけでも大人数で、これだけの膨大な人的リソースが殺戮に投入されるなんてとても不毛なことだし、誰も幸せになっていないのだから、戦争はあってはならない、悲しいという気持ちと、兵器や軍隊かっこいいと思う気持ちが両方発生する。アジアの自然風景とアメリカの軍隊と現地の人達のカオスな絵面がどれも印象的。

行方不明になった将校が現地のカリスマリーダーというのは、アジア蔑視的な何かかしら。全体に現地の人達は生気が無く言いなり系で呪術的に撮られている。

軍隊文化にはあまり馴染みが無いせいか、冗談を言うほどアメリカ側はまだ余裕があるということなのか、異文化の地に長いこと駐留して先が見えない戦闘を続けていることで頭がおかしくなっているという描写なのかはいまいちわからなかった。サーフィンするぞ、とかの辺り。

これだけ混乱した戦場でも大人数に食事とか行き渡って慰問が計画されて物資や郵便の手配が出来てるって、組織が強いなと思った。日本と戦っていた時もこうだったのかな。

死体がゴロゴロしていて油断するとすぐ自分もそっち側に行きそうな環境では、個人はほんとに無力で、組織の権威を背負うことでようやく人を動かせるようになるという感じで、でもそこまで権威的になり得るものももう無くなってきているから、やっぱり武力による戦争は維持しきれなくなるんじゃないかなって思った。情報化時代にはそぐわない感じ。でもこういう世界になってしまうと簡単には収められないから、こういう地獄に至らないように動かないといけないよね。普段あまり意識しないけど反戦の気持ちが強まる映画だったわ。